Sunday, January 01, 2012

新年があけました 2012

新たな年が明けました。

昨年は私たちの住む 大事な国に 大変なことが起きました
形あるものだけでなく、気持ちや身体や、ほぼ全てのものを砕いたまま 新しい年に挑戦するのには
まだまだ過酷極まりない状況ではありますが
出来る限りのことをつとめさせていただきたいと思っています

また、昨年中に関わった多くの現場でも多くの出会いがあり
よい音空間を創造する機会に恵まれました
辿り着くにはあまりに高い場所ではありますが
本年も 健やかに豊かに
前に進んで参りたいと存じます

同胞も各場面で様々な形のお手伝いを続けています
静かなる誇りを持って 日々
そして
みんなで魂の祝砲をあげれるその日まで
まっすぐ

皆様の新しき年が
素晴らしい時間になりますように

本年もどうぞよろしくお願いいたします

                         2012 樋野 展子

|

Saturday, August 20, 2011

展開の日々

日々、なるたけ大事に過ごすというのは常日頃心がけていることだけど、この齢になっても(というか、だからこそですが)なお、日々展開の感触があるというのはありがたいことだ。

かつて現場を共にした方、その周辺からのオファーによる展開がここ近年続いている。
LEVE、レコーディングはもとより舞踏、美術がらみ、映像がらみ、秘密レッスンw…。シーンも様々である。どのいずれもこの場面でキミと指名されるお声掛けはまずありがたくあり、実に面白い。
一度ご一緒しただけの方でも、数年先にこのようなご縁あって同じ現場を踏む機会がある。その空白の時間は、なんとなくつながっていたことに"ああ、やっぱりなあ"という感触を持つ。何が"やっぱり"なのかはわからないけど、縁のある人との会話というのは数年空こうが十数年空こうがあまりその時間経過を意識させないものだ。
"さあ、そろそろやろうか"
と始めたユニットや企画がとんとんとん、と続く。全国ツアー!…みたいな規模ではないけれど、ある色づいた空間を作る所業はどんな場所だって姿勢は同じ。一度演れば、次々とやりたいことも広がりを見せる。

"きちんと呼吸を整える"そして"人たる呼吸をする"
人たりえるハラより、ピンからキリの呼吸でもってこのアサガオから音を放ち続けよう。

|

Sunday, April 03, 2011

ちゃんと楽器は吹いている Vol.1

こんな状況ではあるけれど、日々楽器を吹いております。
春から放映予定(と聞いてます)某大手通信事業関係会社CMの音楽(←録りは済みました)、レッスン、ライブ、このご時世にあって(久々の)タキ仕事、謡のお稽古…。
やるぞ。この状況で自分がどう動けるか実践中だ。
音楽場面、非音楽場面。

|

Friday, April 01, 2011

桜の季節

桜が来る 桜が来ると口々に言うけど、今年は感覚的に少し遅い気がする。
お花が咲くよと閃いてからの花冷えが長い。我々の死生観にも繋がるこの花と対峙するのに、もう少し時間がいるなぁと、神様がお考えになったからかもしれない。
花を眺めるための支度 ほんのひといきを くださったのかもしれない。

|

Friday, March 25, 2011

3月22日の卒業式

3月11日。
どうしたってこれは大半の学校が卒業式を直前に控えた時期でもあった。
被災地の各学校では、時をずらしてでも、彼らの晴れの節目としての卒業式を執り行うべく、あらゆる奔走をされたニュースがいくつか報道された。賞状の泥を一枚ずつふき取り、一軒一軒の卒業生の家を訪ねてまわられた学校、先生方。

この先どれほどかかるか、大人でも予測できない復興・再建・立て直しの類に誰しもが呆然と立ち尽くす中、子供達の旅立ちを"晴れの姿"と見送る場面は、この震災の中に立つ一筋の光のようであったかもしれないと想像する。
様々に報道される中からでも確実に読み取れるのは、この先をこの子達に託す親や大人たちの想いだった。それを理解し決意した子供たちの驚くほど立派な瞳は、ただひたすらに瓦礫の中で光る宝物であり、彼らこそ希望だと感じ、信じ、さぞ心強く思われたことだろう。
課せられたものとしては、余りに惨く、辛すぎる不条理。しかし、この余りに大きな天災を恨むべき対象でもないことを彼らは同時に学んでいる。本当に、なんということだろう。

今日のNHKのニュースで放送されたのは、気仙沼の階上中学校の卒業式。
嗚咽を繰り返し、溢れる涙もぬぐいきれず、天を見上げながら"天を恨まず"前向きに生きていくと、代表の男子が立派に答辞を読みきった。卒業生の皆がきっと同じ想いだったろう。力強く手を握った校長先生も、どんなにか頼もしく感じ、この答辞をお聞きになっただろう。

10年、20年先、この子達が確実にこの街の、この国を助け、動かす中心近くにいる。そこまで、彼らがそれぞれにどんな想いを暖めて、大事に未来に持っていくのか、どんな大人になっているのかを見届けたい。我々の国はその成長を助け、見守って、育てていかなくてはいけない。
間違いを犯してしまった大人達の責任、全力でこれをやりとげなくてはいけない。
背中を見せて逃げて行ったり、ひるがえして言い訳を繰り返す大人ばかりでないと、信じることのできる世界を。

|

Monday, March 14, 2011

平成23年3月11日 東日本太平洋沖地震

この3月11日に発生した東日本太平洋沖地震により
たくさんの方の尊い命が失われたことに深く哀悼の意を捧げます。
被災された皆様に対し心よりお見舞いを申し上げます。

長い年月を費やし、大事にしてきたものが一瞬にしてあのような形で奪われること。大事な人、大事な家、大事な…。
震災に会われた方の無念は想像を絶する。

考えれる限りのことをし、できるだけのことをするだけなのだけど、この数日間でもう身も心もゴワゴワだ。こんなことではいけない。せめて気持ちをやわらかく、冷静に進まなくては。あの16年前、身と心に刻みつけたものを何一つとして無駄にしてはいけない、と思いながらも日々笑うことを忘れ、笑顔がヘタクソになっていく。

昼夜問わず不眠不休で動いておられる方、もはや自らの生命をもかけて最悪の事態を食い止めて下さっている原発の技術者群・スタッフ、自らも被災者でありながらなお救助に専念して下さっている消防隊の方々、警察の方々、官僚、自衛隊、医療従事者、ボランティア団体、諸外国からの救援部隊、東北への危険な路を行く運送業の方々(膨大数の有志だそうだ)、企業、そして何より強い個人個人の深く心強い想いと実動力がこの短い時間に整理され、少しずつなりとも成果を挙げてきていること・当たり前に感じてきた日本人の持つ資質の強さに驚嘆し、改めて得がたい誇りを覚える。
こうして立場や職業を名付け、挙げるのを無意味に感じる程、あちこちにヒーローがいる。そして何より、戦後復興を成し遂げてきた我々の祖父・祖母の世代の、追いつきもできない方々がこのような最悪・絶望的な場面でさえなお、人間の見本を示して下さっていることにその尊さと有難さを言い尽くせない。

今まさに救助されてきたところをあまりに不躾にもインタビュアーのマイクが傾けられ、カメラが向けられたその瞬間にさえ、こんな状況で信じられないほどの目に輝きを称え、これ以上ないほどの笑顔に満ちたじいちゃんがいらした。
助けてくださった方、マスコミにまで気を使わせないように、そして何より、ご一緒の女性(奥様・ご親戚だろうか)を不安にさせないために、笑顔でお話くださったんだろう。無理な笑顔でなく、ただ人間の深さから溢れ出たそれにしか見えないことに愕然とする。
そして即座に
"大丈夫、大丈夫。また再建しましょう"
そういうと、両脇の女性の手を取って歩き出した。
真の紳士、日本男児の鏡という言葉でその人となりを表しきることは不可能なぐらい、尊いもの。
こんな先人の方々の力によって、戦後の日本が立て直されてきたんだ。そして、今もそれ以上のお手本はない。こんな尊い心意気と強さを持つ生きた先人こそ、我々の宝だ。そしてこの方々にこれ以上の悲しみを抱えて頂くわけにはいかない。

"心"は自分一人の中にこっそりあるものではなくて、つないだ手の中にこそあるんだと思い続けてきた。この事態を見守る、みんなの想いが同じものだと信じたい。
仏教で言えば、人間も虫も同じ。取るに足りない、小さい力かもしれないけど、こんな時にこそ人の力を、今自分が二本の足で立ちぶんばってる愛すべきこの国の路を直視し、きっちりまるごと経験し、見届けたい。自分の根性と持ち得る限りの感謝と、お腹の底に寄り添う音楽と共に。

|

Thursday, March 10, 2011

TubamanShow Vol.2

TubamanShow続き。

そして2つめの「あーぶくたった」については、子供の頃によくやった囲み遊びから。
「かごめかごめ」・「はないちもんめ」なんかと同様、何人かのおともだちと一緒になってやる、今思えば雅な遊び
だ。
中でもこの「あーぶくたった」が一番好きで、それこそ日の暮れるまでやった。何度やっても飽きなかった。
夕暮れの路地で、遊びをやめて友達と別れておうちに帰る切なさと戦いつつやった遊び。世界観がしっかりとイメージできて、オリジナリティが問われる場面もあり、ごっこ遊びとあいまって全員が主役、という見事構成がモノを言ったのだろう。
最後はオニごっことなるのだが、不思議とこれは皆がオニになりたがり、つかまりたがった唯一の遊びでもあった。折角なので、この機会にこの遊びの全貌を記録しておこうと思う。

この、「あーぶくたった」は鬼を真ん中にしゃがませて、周りを数人で囲んで歌う。
前半、後半と大きく2つの場面に分かれていて、ちょっとした芝居風味が漂い、今こうして見ても色々素晴らしい。

********************「あーぶくたった」流れ

 ※1
 あーぶくたった 煮え立った
 煮えたかどうだか 食べてみよ むしゃむしゃむしゃ(ここで中心のオニの頭を皆でもしゃもしゃする)
 まだ煮えない

 (※1を気の済むまで繰り返す)

 ※2
 あーぶくたった 煮え立った
 煮えたかどうだか 食べてみよ むしゃむしゃむしゃ
 もう煮えた
 
 かまどの火けして
 ふたを取って
 おちゃわん洗って
 (~※このへんは色々思いつきで気の済むまでやる)
 お湯をわかして
 お風呂に入って
 お布団敷いて ねーまーしょ。(子供寝たふりジェスチャー)

 (※ここで陣変え
  →オニと子供が向こうとこっちに別れる。オニは外、子供は家の中にいる設定。オニは扉を叩く。)

 ※3 しばらくしてから
 オニ「トントントン」
 子供「何の音?」(みんなで言う)
 オニ「風の音」(優し目の声で、オニであることをカムフラージュするという小芝居付き)

 オニ「トントントン」
 子供「何の音?」
 オニ「扉が飛んじゃった音」

 ※この「○○の音」の部分を気の済むまでオリジナルを考え、フェイントをかけ続ける

 オニ「トントントン」
 子供「何の音?」
 オニ「蛇の音ーーーーー!!!」
 (※声は一段と大きく、襲いにきたことをアピール。おうちの戸をけやぶってオニは家中に進入。
   そしてここからオニごっこになだれ込む。)
   
****************************

…オニが戸を破って襲ってくるのに何故「蛇」が最終地点なのかナゾだが、とにかく我々の育った地域では「蛇」であった。地域によってこの部分は勿論違うだろうし、上の流れもまったく違うモンクで執り行われているのだろうと思う。
路地に聴こえる子供のこんな歌も、トンと聴かなくなった。声を張り上げて歌った、「あの子」たちは今どうしているだろう。

|

Wednesday, March 09, 2011

TubamanShow Vol.1

愛と平和と音楽の使者チューバマンショー。今週から関西3DAYSのツアーだ。
チューバ星から来たチューバマンとユーフォマンの美しく確かな芸術力を持つDUOでもって、素晴らしい音楽世界を作りあげる日本の宝であるユニットのひとつである。
チューバマンの知り合いと言われている吉野さんは、僭越ながらかつてLIVE!LAUGH!で音楽の場を共にさせていただき永らくお世話になっている。
チューバマンショーとはZZSQとのコラボライブでご一緒させて頂いたという有難い経緯がある。ユーフォマンの知り合いと言われている照喜名さんも、お人柄そのままに素敵な音色をお持ちの、大好きな音楽家だ。
この度チューバマンショーの2ndCD「子供のチューバマンショー」製作中とのこと。曲のタイトルになるようなキーワードを募集していて、アニキ達の活動に経緯を表し応募参戦し何点か採用となった。ふふ。
1つめは「くま らんらんらん」
2つめは「黄昏のあーぶくたった(→採用時には「たそがれの嗚呼!ブクタッタ」に変身)」

このブログとかツイッターでも書いた記憶がある(今、横着なことに検索せずに勘で書いてる現状)のだけど、1件目の「くま らんらんらん」は、私の目の前に突如躍り出た1人の小さい男の子が、実に独創的な振り付き、大ゴキゲンなノリでもって歌い始めた替え歌。"ねこふんじゃった"のメロディーに乗せて、"くま らんらんらん♪くま らんらんらん♪"とやられた日には、膝から崩れ落ちたね。私は。
インプロがどーの、ケージがどーの、レイシーがどーの、タケミツがどーの、トレーンがどーの…とうんちゃらかんちゃらと試す日々、オリジナルを越えたオリジナルのキョーレツな力に感銘。観客はいない。この素晴らしきエンターティナーはその芸術がもはや自分の中で完結していて、まさにシャーマン状態であった。これぞ真。

<続く~>

|

Monday, February 28, 2011

ZZSQ ムジカジャポニカ 2011.Feb

今回のZZSQはムジカジャポニカにて。意外にも初登場でした。(小屋主せいこちゃんにもご無沙汰。)
月曜日のライブにも関わらず、席はどばばっと埋まってありがたい入りとなりました。週始めなのに、駆けつけてくださった方、気持ちは駆けつけてくださった方、いずれもありがとうございました!
2期メンバーでのライブも随分コ慣れて参りまして、課題は次のステージへアップ。表現者たるもの目指すものはつきません。次回への更なる欲望(?)に向けて、楽しく頑張るのです。
いやぁ、楽しかった~!ではまた、現場で。

|

Friday, February 11, 2011

一筋の花の樹のことを思う

郷里の古い椿が倒れた。

お城の本丸にある椿谷の北側に、一番古くからそこに立っていた、椿の樹。樹齢400年。
雪の重みに耐えかねたのか、雪の中にどっさりと、根元から倒れていたそうだ。
しかも、たくさんたくさんの蕾を抱いたまま。

年末から続く大雪に街がずっと翻弄され続けている間、椿もひっそりと戦っていたのだ。
今の直径は60㎝ほどあって、年輪がみっちり詰まっていればあと1000年でもそれ以上でも、生きられるはずだった樹だ。一番古くて、この先もずっと人より長く生きるだろうと皆から思われていた樹だった。
けど、そうじゃなかった。
中は空洞で、このところ2ヶ月程続いていた雪の重みを支えきれずに倒れた。もう咲こうかという花の蕾もそのままに。

花の時期である冬でよかった。なんとなく救いを感じる。やさしいおふとんのような雪が積もる大地に、重い、いや軽い…身体をようやく横たえて、一人の人間の時間では見きれない世界を眺め続けた老将がこの冬逝った。
そして倒れた樹の根から、やわらかい木の芽が出て育っていると、父から報告の朝。

|

Thursday, January 13, 2011

無題

知ってしまった、見てしまったものはしょうがない。

それに寄り添うか、持って走るか、置いてくるか。自分が何に寄り添い続け、何を持って走って、何を置いてきたのか、見届ける。
どっかでつんのめったりコケてしまっても、自分がどうやって軌道修正するか見届ける。
ドラッグも酒もいらない。シラフで真っ裸で無防備な状態の、大して器用でもない自分がどこまで何ができるのか、見届ける。だからいつでもすぐにステージに上がれる。楽器を持った瞬間に、"自分のこと"がいつもできるようにする。
向かっている方向も分かってる。あのへんだ、と。
どうやったら着くかなんてことは知らない。けど、こっちだ、と、こうだ、と何かものすごい確信がある。
上手な歩き方も知らない。つたない歩き方だけど、これは確かに私の頭とおなかと、私の足だ。

知ってしまった、だから今私はここにこうしている。

|

Friday, December 31, 2010

2010年大晦日

今年も色んな方々との出会いがあり、よいライブもできました。
色んな場所に行って、さよならもたくさんあって、今年から始まった新たなプロジェクトもあり。
メンバー陣、スタッフ陣はじめ、いつも助けてくれる友人たち、周囲にいてくれる方々に私は恵まれていて、感謝しきれません。
来る年も、自分の足の下にしかない自分の道を、大事なものをきちんと抱いて進んで参ります。
皆様今後ともよろしくお願いします。

                               2010.12.31 TENKO HINO

|

Thursday, December 02, 2010

阿部登さん

11月28日、享年59歳。阿部登さんご逝去。
こんなに早く、阿部さんに合掌しなくてはならないなんて思ってもみなかった。まだ夢の中にいるようだ。まだまだ、現場にいてくださらなければならない方だった。迫力のニコニコ笑顔が、頭から離れません。

書き連ねるほど、言葉の足りなさがあらわになる。

"女の子のSAX、がんばりや!"ひよっ子の私なんかにまで声をかけてくださって、後、どんな現場でも必ず喝を入れてくださった。
楽器を担いでよちよちと道を歩いていると、どんなに車の止めにくい道でも、そしてものすごい急いでる道中だろうのに、必ず見つけてくれて、あのでっかい車を道端によせて"がんばってるやん!"と声をかけてくださった。車が走り去った後、大通りにもはばからず泣きながら歩いた記憶がある。

その声のひとつひとつ、その気持ちのひとつひとつがどんなに心強く、有難く、嬉しく響いたことか。そんな力と気持ちのある方だった。お礼はもちろん、返しきれていない。

こんな偉大な先輩を現役で目の当たりにできる我々は幸せだ。
逝ってしまわれるのはあまりに早いと思うが、残った者が何をしていけるか、そこだ。月並みだけど。
向こうで大きなイベントがあるんだろうか。阿部さんじゃないと無理だったのかもしれない。
"やってきたよ!"と阿部さんに『ひよっ子の、女の子のSAX』がせめて恥ずかしくない報告ができるように、終わらない宴に参加するために、私にはもう少し時間が必要だ。

本当に、ありがとうございました。
次のために、動きます。まだまだ、やらなければ。

|

Tuesday, October 19, 2010

楽器が事故に遭ってしまう話など Vol.1

縁起でもない話だが、大事な楽器だってエラい目に遭う。

最近の楽器ケースはひところよりグッと種類も増え、楽器運搬者諸氏のケース模様は様々だ。ゆるがないのは、少々しんどくても、ただただ"楽器の安全"を最優先させた移動を選択するってとこだろうか。
私の場合、近場の電車移動だと皮製のソフトケース、長距離や飛行機の場合はハードケースを使う。(空港で管楽器持ってると出入国にやたら時間がかかるって話は別に)同業者には完全にナナメがけに背負う形状を利用している方も多いけど、個人的にこれは見てて不安だ。どっかのヒモが切れて、バスっとそのまま地面に落下したらどうすんだろうと思うと、ヒトサマの楽器ながら心配である。
ケースの蓋を締めずに取っ手を持ち上げてしまい中の楽器が落下、という世にも悲しい事故や、肩にかけてた楽器を通り過ぎざまの車(の中から手を伸ばした人)に持っていかれたという不幸や、楽器を乗せて走ってた車の後部にトラックが突っ込んできて楽器本体が粉々、というこれ以上ない悪夢は悲しくも実話・戒めとして現場の我々の耳に入ってくる。そしてオーナーは泣きながらメンテ屋に駆け込む次第となるのだ。
楽器にとってもプレイヤーにとっても、これは人生の試練である。使い込んだ楽器、吹き込んだ楽器は何年もかけて自分の音に作り上げてきた経緯もさることながら、それまでに作り上げた音色や楽器のタッチはもう二度と帰らない。その後のプレイヤーの道のりを思うといたたまれない。 ~続~

|

Saturday, October 09, 2010

Sonny rollins 80's Birthday World Tour in 大阪NHKホール 10/9

30年ばかし、日本公演は皆勤。今年も神を拝観してきた。

もはや仙人のようなロリンズ。
この、1人の人間から私は自分の人生にどれほどのものをいただいていることだろう。こんな人間が、世界にどれほどいるだろう。
「自分のことなら何でも変えられる」
常に第一線で、エースで、ご自身も前に前に様々に挑戦を続けてきた人間が80を越えてなお日々の練習を怠らず、新しいフレーズと感覚を追い、作り続け、育て、広げ繋げている脅威と、生まれてくるものの素晴らしさと凄さ。
常に敬意をもって若いミュージシャンとも交流し、音楽家を既に越えた、人間のお手本のような勇姿がすっくりと目の前に立つ。
何より、生きて、生きた音楽をそこに鳴り響かせ、確信を持って発信している本物の現実。人間がこんなステージにまでにたどり着けるという、輝ける証明。
いつまでも元気で、というのは至って勝手な思いだが、そんな無茶な、もはや祈りにも似た願いを少なくともこの会場の全員が共有していたことは確かだ。
どうか・・・。

|

Tuesday, October 05, 2010

秋の着物日和でダッシュ

と、呑気なタイトルに反し、あちこちと移動の重なる小忙しい日々。レッスンと制作の合間の時間を何とかひねくり出し、ばばばーっと着物着てお太鼓締めて元禄下駄履いて、江戸風呂敷に日本酒下げて、真紅組×ステージタイガーさんの舞台"紅の虎"へ。
今回少々関わっておりまして、これはどうしても行かねばならん。ようやく涼しくなった夕の風を感じつつ、着物ダッシュのヲトメ一人。着物で自転車は封印しましたが、こういう時「ヒールでダッシュ可」「着物でダッシュ可」「Alex- McQのスーツ着てるくせにスペシウム光線」等を使える少数派のヤツとして自分がちょっと愛しい。

果たして舞台は面白きお話でした。2種の舞台の構成で、演劇部の高校生と、20年後の彼ら。部室を舞台にくりひろげられるヒトタチの愛のあるおはなし。身の上に起こる事項と感情と義務と欲望のせめぎあいをパンパンに内包していた青い時代の一場面を、こんな風に見せて頂くのは切なくて楽しい。20年後の姿は、それを個々がどう内で片付けてきたかを見届けさせてくれて、解決感ばっちりだ。

私は小中高とも吹奏楽部だったけど、やはり部室で繰り広げられる人間模様は、そこで組み上げられて来た(であろう)我々のアイデンティティの礎とも言おうべき要素をたくさん含んでいて、そこで過ごした本当に密度の高い時間を思い返す。もう、いくつかの部室はないけれど、夢のようにその場所は私の中にいつもある。

|

Sunday, October 03, 2010

Abdullah Ibrahim (Dollar Brand) at 上加茂神社 10/2

彼が来日される際にはできるだけ出かけてるのだけど、今回のは場所が場所だけに参加必須。
当日は気持ちのいい秋の空で、現場に到着したのは暗くなりかけの頃。大きくススキが生けられた木造の講堂は既に別世界のようだった。
真ん中にSteinway、これをコの字に囲んで客席がセッティングされていて、私は彼の手元が見える右後の席。VIP席にはお国の大使館の方々がおいでになってて、何とも華やかというか厳粛な雰囲気。
また、講堂の数箇所は木の引き戸が開けてあって、秋の虫と風が入ってくる。最高に贅沢で、しかも居心地のよい場所で演奏をたっぷりと作り・味わえるよう工夫されたステージだ。心を込めてお迎えの準備をされたスタッフと、何より上加茂神社がこの方を大切に迎え入れていることが分かる心遣いがあちこちに見えて、ほんとに素敵なる会場だった。

果たして、神社の宮司さんが真っ白な装束でご登場。祝詞をあげて下さった後、Abdullah Ibrahim (Dollar Brand)の演奏が始まる。

休憩を挟んだ1部、2部で構成されたメニューは、後から聴くといずれも30分延長(計1時間)だったとか。
たっぷりと空間を作り、ゆったりとフレーズと音楽を転がし、曼荼羅でも見ているかのような贅沢な時間を味わう。吹き込んでくる秋の虫の声、夜風、あかんぼの泣き声…。同じくそこに集まった全く別の生ける人間の集まる独特の空間に、不思議にも共有できる線を彼のプレイでふわっと束ねたような感触。永らくこの音楽を聴き続けてきた我々(勿論、初めてその音楽を耳にされる方も)が大事にしてきたものを、確信するチャンスでもあった。

大鳥居までの広く真っ直ぐな道の端に、等間隔で置かれた小さい灯篭の光が見送ってくれた。名残も惜しいけれど、清清しい気分でもと来た道を帰る。また次の、彼の作る空間に戻ってくるために。

|

Saturday, October 02, 2010

Sessomatto 1973

知る人ぞ知る、9話集合によるオムニバス式イタリア映画。どっちかっていうと音楽(サントラ)の方が有名かもしれないですね。今、調べたらサントラは3年前にオリジナル音源持ってるBEAT レーベルから秘蔵トラックの解禁込みで再編集されたものがリリースされてる模様。(あのアヤしいジャケは健在)
映画自体は、情けなーい(失礼)イタリア男子のミもフタもない話の乱立で、これをイタリア女子は"憎めないわ"と許し愛してしまうのかなあぁ…という普遍の疑問をより確信してしまう内容。映画分類では「コメディ」枠に入れられてまして、これを観てると各文化や国におけるのセンスの幅広さを感じずにはいられない。これ以上の解説は割愛しますが・・・。
内容がそんな感じ(ややトホホ)なもんで、やはり音楽に相当意識が行ってしまうんですね。この時代にこれをやっていたとは!と改めて感動します。逆に言うと音楽に力がありすぎて、気があちこちのジャンルの人が色んな形でこれをカバーしまくった歴史も頷けます。
ただ、♯8 Un amore difficile(邦題:おかしなおかしな恋)はちょっと好きだなあ。人生の途中から女性として生きている兄に、そうとは知らず会いに行く弟との再会のお話。ロングドレス兄貴のでっかい背中に漂う刹那と哀愁に、不覚にもじーんと来てしまう。
これを観てると各文化や国における思いやりの共通をも感じずにはいられない。そんなハッピーな感触。

|

Saturday, September 25, 2010

EL-ENDE in南風楽天 9/23

大変ご無沙汰なブログアップで失礼しております。
ここんとこヨコエ企画目白押し(?)というほどではないけど、ちょこちょことやってます。子連れ様どうぞの音楽イベント企画。
今回は高槻のオーガニックレストラン・南風楽天さん。オーナーが男前にお一人で切り盛りしておられる気持ちの良いオープンカフェで昼過ぎからスタート。ここんとこ続いてた雨もなんとか上がって、サワヤカなお天気の元、濃ゆいEL-ENDEのが一発目でした。前回集まった男前・別嬪ちゃんたち(主に幼児)もわらわらとご集合。
うちの場合はMCと演奏内容のギャップが激しいことで定評が(笑)ありますが、意外と昼からも全然いけましたですね(ような気がする)。すぱーんと抜けた感じがよかったのかもしれない。
この日の尺は1時間。1時間と言うと、うちでは全然ショートバージョンですが、EL-ENDEの感触を少しでもお感じいただけたのではと思う。
大人も面白がってくださいますが、子供も全然楽しそうに聴くんですね、これが。
以前、EL-ENDEのLIVEを聴きに来てくれたA君(3歳)も大興奮。なすがままにテンションがあがってしまい、家に帰ってからも大変だったとか(ママ談)。夜中に"たいことらっぱ"と寝言を繰り返し、朝起きてからも同テンション。
しかしこれが"暴れる"とかじゃないんですね。"楽しそう"な良いテンションが続きっぱなし、って状態なので、母として困る状況でもなく。"見てて嬉しいんです"という感想を後日頂き、こういうのはこっちもほんとに嬉しい。

|

Saturday, July 31, 2010

ZZSQ 御津八幡宮夏祭・神前奉納2010

大阪難波・アメリカ村のど真ん中、御津八幡宮の夏祭り。神前奉納演奏(しかも大トリ)という大役をおおせつかり、すっごい大雨の中だけどおつとめして参りました!お越しいただきました皆様、スタッフの皆様、ありがとうございました。
とねけんさんPA陣の元、しっかりした音作りをしてある会場。雨とはいえ、人々のテンションも全く問題なく。逆に雨のおかげで色んな効果もあったのではと思わせる舞台となりました。
出演者は落語家・桂雀太氏を始め、Rustic Pansよりジャイ庵氏、JT☆STARS、タダオと横沢、末席にZZSQ。落語+豪華(濃ゆい)音楽陣、非常に充実した楽しいメニューであったというほかはありませんですね。神社というシチュエーションもあり、また不幸というか幸いというか"雨"という状況も手伝い、夕方から始まった雀太氏の高座は独特に味のある
ものとなった。素敵だー。雀太氏とは、半年ほど前のイベント以来。
また、雨の中(卓の水濡れ死守体制・対策は大変だったことだろう)とはいえしっかりしたPA陣のおかげで我々プレイ群はことのほか気持ちよく演奏させていただいた。雨のおかげで逆にテンションも上がり。
雨の中のpanもなんだか素敵。JT☆STARSのますます素晴らしいボイスサウンドが冴え渡り、いやあ、いいなあ。重鎮・横沢先輩のジェンベとシタールのタダオ氏(宮廷音楽家だぞ)の演奏なんかもう、締めのラーガというかもうこれでおなかいっぱいの音楽でそこらが満ちた。こんなすっごい演者の中、末席ながらZZSQは大トリに登場。デビュー戦を先日飾ったばっかりの井上君も健闘。
お客様は傘まで差して席についてくださって申し訳なかったけれど、十分に楽しんでくださった模様でした。
何より、宮司さんが喜んで下さったのは我々としても一番のヨロコビ。ハレの日にこんなお手伝いができて、幸いでございました。

|

Monday, July 19, 2010

かなたのひ、少女もしくは少年だったあなたへ

我々のホーム、FINNESにてようやく『かなたのひ』ライブ。まずはお越し頂きました皆様ありがとうございました。

かなたのひ、とは、朗読会でも音楽劇でもありません。もちろん、今更奇を衒った前衛芸術でも一人芝居でもありません。『かなたのひ』という形式を取った、生きて動く人間が2人でやりとるあくまでシンプルな"ライブ"です。

かつての自分がどこかで読んだり聞いたりしたことのあるかもしれないお話、しかも美しい日本語で語られているお話の声に、SAXの音が寄り添ったり煽ったり、掛け合い、呼び合い、時に効果音やBGMになったりしながら、世界を立体的に作り上げていきます。

人間の、音を聞き分ける力には底知れず素晴らしい作用があります。
我々が生活しながら使っている母国語が耳から入ってくると、そこからイメージされる感触や記憶・感傷などあらゆる感覚と結びつき、記憶だけでは済まない反芻が始まるだけでなく、そこに音が加わることによって、より立体的にそれらから発展する想像やもっと別の感覚にまで達し得る。
具体的な話や演出の筋が通った映画でも、最後必ず解決するコードに則った音楽でもない。けれど、限りなく貴方自身だけが持つリアルな感触と記憶が、言葉と音を結びつける媒体となって作用し、完全に貴方自身の世界が広がり、最終的に言葉として形を成す感想を固めるのは難しいかもしれません。
ただし、これらは極めて個人的なもので、『かなたのひ』をご経験なさった方々が持つご感想はおそらく全く異なるもの。そしてそれは個々に笑ったり懐かしんだり大事に思い返したり、忘れたりして欲しい。
こうして『かなたのひ』は、物語と音と、お聴きくださった皆さんの頭の中で結びつく感触でもって始めて完成される、"非常に個人的な"大人の贅沢な時間となります。
"何か確定できないけど、確実に私の中にある感触や感情のような、説明できない何か"の存在を一時(いっとき)だけどこかに感じて、そのままにしてしまってもいい。我々が、"そのまま"にしてしまっている感触がいかにそこらじゅうにあるか、この現場へ確かめに、いらしてください。

難しいことも、小ざかしいこともしません。シンプルなものをシンプルなまま、シンプルに差し出すだけです。生きた人間たるものがそこで表現しうる最大限のものを、最もシンプルな方法で差し出せれば。
かなたのひ、小さかった自分から、随分遠くかなたまで来てしまった今の貴方もかなたのあなた。ここから先のかなたのひへ、ここより昔のかなたのひへ、あなた自身の感触と記憶は今どこをたゆたっているのだろう。

|

Saturday, June 19, 2010

Julie Andrews "Andy Williams SHOW ♯4

夢みたいに美しいJulie Andrews が、Sound of musicが発表されてすぐに出演した回。それはもう、人が輝くというのはこういうことなんだろうと、改めて打ちのめされるようなSHOWだ。製作から50年も経つのに、今見ても十分楽しいし何より上質。当時一線で活躍していた方々が惜しげもなく次々登場していらして実にゴージャスな構成である。
この回、一緒に出演しているのは上手すぎる(笑)Osmond Brothers(以下、O.Bros)他。ほんっとに可愛らしく、ある場面では優等生なO.Brosが彼女を囲んで座る。ビジュアルも最高。そしてお話の流れで、ついっとSupercalifragilisticexpialidociousがイントロなしで始まるタイミングなんてもう、すばらしすぎて涙腺に来る。でもって女王Julieの歌であのメロディが始まる瞬間、自分の中から“ああぁぁぁ~…”と訳のわからん声でもないため息でもないもんが出てくる。(←うわー、我ながらミュージシャンの風上にもおけんシンプルな感想)つまり、ただの一ファンとなって眺めるしかないスターなのですね、この方は。それを深々と思い知る次第である。大好きになる以外、どうしろというんだ。
子供と動物にはやっぱり勝てないTV諸々業界、この時代においてもそれは同じである。O.Brosも分に漏れず、かわいさと上手さで魅力の限りを振りまける絶頂期に当たるのだけど、Julieはそれも食わないのですね、なんと。あの輝ける子供達の中にいても、やっぱり彼女がどこまでも芯。主役。女王。
しかし(皆様も十分ご存知かと思いますが)、そこにはひたすら自分だけが前に出る性質の主役のそれとは全く異なる次元のものだ。共演者を食わずに食う、共演者の魅力を引き出しつつ、最終的に・結果的に、誰が観てもその人だけがゆるぎない華となってしまう。嫌味もない、決してギラギラしてもいない、この魅力はほんとにどこから来るんだろうか。
ただの華であるだけでも、ただあらゆるもののスキルが高いだけでも叶わないもの。努力するだけでは多分、得ることの難しいもの。上品で美しいだけでも叶わないものだ。だからこそ皆がこの人に憧れ、愛したんだろう。
そして、ミュージカルスターの余裕というか、歌はさることながら目線の配り方、絡み方。歌ってる最中のこういうあたりに関しても、彼女は別格である。実はこの“歌ってる最中の歌以外の諸々”というのは、“シンガー”には随分難しいこととか。AndyとのDuoの歌構成の中で、Julieはガンガン彼に目線を送り、狭いスタジオの中で存分な動きを見せる。Andyにとってはさぞかし手怖い相手であっただろう。常に笑顔のAndyが、今回ばかりは必死な部分を隠せない感じが画面から伝わってくる。

往年の彼女は、清純なイメージを“払拭”したかったようだけれど、世界中の人が彼女に与えた称号はそれを上回るものであった。結局、ご自身が求めた別性格の活路を見出すことは結果として許されず、私達はあの美しさを求め続けてしまった。けれど、我々は決して彼女をマリアやメリーポピンズへがんじがらめにしたかったわけではない。“高みへの憧れ”を超え、あの姿にひたすら賛美を送り続けた世界の人々の愛の流れだと思って、Julieにはどうかそのへんはあきらめて欲しい。

|

Friday, June 18, 2010

夏の着物 vol.2

洋服でそこにいなくてはいけないという必然がなければ、だいたい着物で外に出る。
お店ではよく「今日は何か特別なおでかけですか」といわれるが、いやー、ただのお茶、ただのウィンドショッピング、ただの街ブラ。特別なことは何もないし、実は自転車だって乗る(←但し、これは大人としてビジュアル的にアレなので最近はさすがにしないけど。たまに飲み屋街付近をどっかのママがお太鼓結んだ着物姿で自転車こいでるのを見ます)。
どうやら私は何故かよく人に道を聞かれたり何故かおばちゃんあまちがえたマダムに人気があったりする(これが不思議で仕方ない)のだが、着物を着ていると話しかけられる率は格段に上がる。
先日もこれに漏れない出来事があった。
友人とランチを美味しく頂きお会計をと席立った瞬間、食事中から左斜め向こうのテーブルからこちらに熱い目線を送っていた実に上品そうなマダム群から手招きがかかった。こうなると行って場をおさめるしかない。こちらはなすすべもなく例によって(笑)褒めちぎられ、“よう似合ってるわあ”、“いやあ、やっぱ女の子ってええわあぁ”の声を背中にその場をもちろんニコやかに後にする。
確かに目立つ着物着てる私も悪いが、この世代の方々というのはやっぱしパワーがスゴい。わざわざ席に呼んでまであそこまで褒めつくしていただける機会は貴重なのでおとなしく従いますし、諸先輩のお言葉に耳を傾けるのにやぶさかではない。しかも単純に楽しい。
着物を着る若い(?)もんがいる、という喜びをあのように表現して下さる先輩方がこの姿を歓迎して下さるのであれば我々後輩芸人としては素直に嬉しく、今後とも普及活動・啓蒙活動に邁進し続ける所存です。押忍。合掌。

|

Wednesday, June 16, 2010

夏の着物

夏の暑いのと、冷房地獄は最悪に嫌いなのだけど、夏で唯一私の愛しているものがある。それは夏着物の存在。絽、各地上布、しじら織、伊勢木綿…。1年待ったこれが着れる。ううう、嬉しい。
もちろん、着物は年間を通して、素材やら色やら模様なんかの違いで着れるものと着てはいけないものがあるので「ある一定の時期にしか着れない」とかいうものは絽に限ったことではない。冬になって、アンティークのあのお気に入りの長羽織を着れる!なんてのも同じく嬉しいけど、夏の着物の素材に見られるシャリ感と透け感の妙、単にこれが好きなのですね。涼やかな色合いも、せめてもの清涼感がある。着てる本人・周囲の人両者に映る色目でもって涼やかに過ごす、なんて粋じゃあないの。
また、夏に着物なんて暑い!と思われる方も多いかもしれませんが、いやいや、これが実際涼しいのです。夏地の素材は実際着心地もよく、気分がよろしい。身に巻く帯の範囲には汗を押さえるツボが集中していたり、日本の夏を乗り切るための風通しのしくみも見事なのですね。着れば着るほどこの衣装のスゴさを思い知るというか味わえる有難さがある。サクっと浴衣をはおるもよし、絽の帯かなんかを締めてキリっとしたお着物にするもよし。扇子の一本を帯に挿す、帯締めの組紐も麻のもの、帯揚げの色と素材も絽にしよう、あ、夏のお草履もあるな、半襟も夏仕様に…あああ、女子に生まれてよかった。

今年も6月になった途端、この夏着物ちゃんたちを解禁しまして実にササヤカで地味な幸せをかみ締める日々。雨は天敵だけど、負けない。

|

Monday, June 14, 2010

雨が降る。容赦なく。

雨は好きだ。家の中からエラソーにアンニュイに窓を通して眺める風景としては。
しかーし、我々のような楽器運搬者には最もうっとおしいお天気さまである。
特に梅雨は、先を急ぐ移動中にニワカ雨を食らう機会が増え、楽器2本+楽器スタンド等の大荷物を夜逃げのように抱えている私には、なるたけ荷物のカサを減らすべく“傘”はできるだけ持ちたくないので難儀だ。
また、最も重要なのは「楽器が湿気にやられたくない」これです。
雨降ってる中、楽器を外に担ぎ出すのって本当に辛い。面倒とか濡れるのが嫌とかは別にしても、楽器のコンディションが大いに悪くなるのが一番こたえる。タンポ持ちの楽器は湿度との関係が最高に微妙なので、この時期のメンテナンスはほんっとに気を使う。
雨の中に突入していく時は、自分がどんだけ濡れようが、ケースでさえ雨がかからないよう、時にビジュアルの酷さを省みずゴミ袋をかぶせて移動する。SAX吹きの心意気は、この「雨の日のゴミ袋」に終始している。
明るくない話題で実に恐縮だが、譜面書きやメンテなんていう地味な日常も我々の大事な日々。皆様がんばりましょう。(なにがだ(^^;))

|

Monday, June 07, 2010

ZZSQ・2期メンバー 動きはじめてまする

メンバー白起女史の育休(先月無事女の子出産!!おめでとう(^_^)!!)のため、新たに井上氏を迎えましてこの数ヶ月シコシコと地味なるリハを重ねて参りました。(数ヶ月、といってもこの間実質数回ですが)
コッソリとZZSQのサイトもアップ、6/6には神戸フィエスタにて2期ZZSQとしてのデビュー戦を無事飾り、今後の活動にも期待。
いやあ、やっぱし楽しいねえ。1期とはまた違った味に仕上がってるとこがすごいです。LIVE!LAUGH!やらなんやらでも、長いこと共に音楽を作ってきた仲間なので、我々も心強い限り。ようやく活動できると、意気にも拍車がかかっております。是非、ナマ音をお確かめください。次回ライブは七夕付近の7月3日。大阪の素敵なるパンカフェ・スワロウテイルさんで、美味しいものを頂きつつご一緒に七夕を楽しみませんか?
では、現場で。

|

Monday, May 17, 2010

Hank Jonesさま

2010年5月16日日曜日、Henry"Hank"Jones氏逝去。享年91歳。ニューヨークで亡くなったそうだ。

Hank Jones氏の功績について私のようなものが書くに至るまでもないので、至って個人的な悲壮を綴ろう。ひどく悲しく、落胆の一言につきる。
自分がモノゴコロついた頃から耳にし、好きで聴き続けて、自分の人生の一部にもなり、そして楽器を手にする前から憧れ続けたもの。影響、とか音楽、とか世界観とかいうレベルでは到底なく、もはや“概念”とでも言いたいぐらいの存在感を持つほどのプレイヤーだった。パーカーなり、エラなり、マイルスなり、アダレイなり、ホーキンスなり(ああ終わらないです。恐らく、ふっと思いついたJAZZプレイヤーのどんな人とも大概関わっているはずだ)トリオなり、フルバンなり。ある時期には聴くもの聴くものがこのHank Jonesのpfで、私のささやかなる鑑賞歴の中でもダントツの登場回数を誇った。彼を敬愛し、彼をお手本に勉強した人間がどれほどいるのかを想像しただけでも、“功績”というひとくくりで締めるレベルの話ではないことが簡単に分かる。
亡くなる直前までと軽やかなpfを叩き(←公式音源あり。)、ギリギリまで全くの現役だったと聴く。今、調べたら、日本での最終公演はなんと今年の2/28(in新潟)のようだ。公演後に並ぶ数百人のファンに一人一人、声をかけてご挨拶してくださったのだとか。うう。

来日時、私ももちろん、つとめて現場に行った。
上品な彼の人柄と音楽そのものであるかのような音楽の権化がすっくりとそこに座って放つものはもはや、ヒトとしてのそれを超えたもののようにも思えた。しかし、微笑みをたたえた彼の佇まいは“しかし人間がこれをし得るのだ”と、確たる見本を我々ヒヨコに示して下さってもいるのだった。

しかし、ここまで来るともう「居てくださらなくては困るもの」になってしまう。ヒヨコはいくらでもそれに甘えてしまう。
200歳までピアノを弾くと、ご本人がおっしゃって下さっていたことをヒヨコはどこか信じてしまっていた。けれど、物事には順番と真実がある。ヒヨコにはせめて、生命の火が燃え尽きる直前まで、現場の現役でいてくださったことにひたすら感謝することしかできない。神々しく音楽を放ち続けた神は、演奏しながら空へ上っていってしまったに違いない。

ご冥福をお祈りします。
きっと、先に逝かれた皆さんが、あなたをお呼びになったのでしょう。
寂しさと心細さはまだまだ癒えませんが、私達は貴方に果てしなく追いつかない勉強を続けようと思います。天国到着一発目の曲がなんだったか、また教えてください。

|

Monday, May 03, 2010

かなたのひ(たなかひろこ×TENKO HINO)

『福図鑑・を』にて、かなたのひライブ完了。
このユニットでは去年の福図鑑に初登場、今年もお世話になる。たなかひろこが朗読、HINOがsaxで音空間を作り、これまでの朗読系パフォーマンス(?)業界に一石を投じるユニットである。朗読主役、音楽バック、という消極的な既成概念にとらわれない(ああ、普通の説明だなあ)表現を目指し、言葉と音が紡ぐ空間の別次元を体験していただいているようだ。
我々のユニフォームは着物。舞台の空間づくりの大事な役者だ。お越しいただいた方にも随分好評。ちょいとした異空間にまた、次の機会があれば皆様をお連れしたく存じます。また、どこぞの現場で是非。

|

Saturday, May 01, 2010

福図鑑始まってまふ

今年も参りました、福図鑑。

女優たなかひろことのユニットもやっと決まり、「かなたのひ」と命名。
福図鑑の個展イベント、5/2が我々の担当です。
ユニフォームの着物を着込みまして(もう夏仕様だぜ!)、夏の神戸に登場いたします。

どうぞお時間許しますれば、是非夕涼みにお越しくださいまし。
では、現場で。

|

Wednesday, April 28, 2010

デュシャンと

京都国立近代美術館に、デュシャンを観に行って参った。正確なタイトルは「マイ・フェイバリット——とある美術の検索目録/所蔵作品から」。各国のヴィエンナーレで話題を飾った錚々たる面子の作品が居並(あえて“展示”と書くのを避けよう)ぶ。

各地のヴィエンナーレ類で話題になっている、Krzysztof Wodiczko氏の「If You See Something...」(2005)はやはり圧巻。今回、ナマでこれを拝めるとは嬉しい。個人的には、もっと天井の高い建物の中で、これのみの展示
を希望いたします。3月22日には講演会もあったようだが、行けず。ぐぐ。(氏は現在、MITの先端視覚研究所所長も務めておられるようだが、ここにいる時間なんてあるのだろうか、なんて下世話な疑問)
この作品は邦題がついていて「もし不審者を見かけたら・・・」となっている。この後に続くはずにの“Say Something”が省略されたままのタイトルは興味をそそる。“Something”が「不審」なのだな、この場合。
当然ながら、日本語とは違う言語でつけられた作品タイトル・キャプション類は、我々多言語使用民族が読んで意味ぐらい分かるが、これがネイティブにとってどんな感触のあるものかは気になるところ。作品から感じ取るものだけで十分な密度はあるけれど、タイトルでもってその意味が格段に異なるものだってあたりまえだけど多い。
写真作品の王道、William Eugene Smith氏の「The Walk to Paradise Garden」もあり。生は初めて目にしたけどやっぱり素直にグッときます。
映像屋Dominique Gonzalez-Foersterの出品は、短編映像。登場した彼女は相変わらず人の記憶と物事のつながりの偶然と必然による世の刹那を当然ながらFrenchで語り続けていた。字幕英語の早いロールを根性で読む。
今日の本命、デュシャンのWith Hidden Noise。麗しい作品だ。私の中では、物理版John Milton Cage Jr.の『4'33"』てとこだろうか。(余談だが、この『4'33"』には続編があるのをご存知だろうか。『0'00"(4'33"No.2)』という、『4'33"』の10年後に作曲された名曲である)ううむ。素敵だ。

とまあ、すっかりおなかも満腹になって、更に秘密の、孤高の庵にてお茶をのんびりいただく。魔の刻、西日の強い夕方の時間をゆっくり過ごして、現世へと戻ってきたのであった。

|

Sunday, April 04, 2010

貴方の人生でどれほどの花景色が目に焼きついているのだろう

大事な人と、たまにはこんな話をしてほしい。
色んな景色、色んな光景、自らの生き様の中にあるシーンがあって、中でも花のある風景。
晴れた空の桜、月の夜の葉桜、学校の校庭にある見事な藤棚、葉ずれの音も麗しい新緑の中の鈴蘭。
背景のそれの前に、どんな話をしただろう。そこで貴方は何を焼き付けて、今ここに生きているのだろう。

| | Comments (0)

Sunday, March 14, 2010

さあではアインザッツそろえていきましょう vol.2

ZZSQリハ。
この1月のMusic on Filmを締めに白起かすみ女史が産休に入りまして、2ndALTOポジションの入替となります。ZZSQ・2期メンバーにて現在鋭意仕込み中。現在、体育会系ながっつりリハを展開しております。ライブお待ちの方、もう少々時間をいただきまして、改めましてお披露目ライブをいたしますね。

にしても楽しい。リハは楽しい。
“さー、アインザッツ揃えていきましょう”
てな会話が成り立つ現場なんて、同楽器アンサンブルの場面ぐらいしかないし。(もはやBob Bergの話でさえ日常会話として成り立つ場所も少ない。余談だけど。)
そう、アンサンブルの醍醐味といっても過言ではない、この“アインザッツを揃える”作業。我々吹きもん楽器の演奏者の中に脈々と打ち続けるものの中にはひとえにこの快感こそが演奏生活の主軸になっているとも言えてしまうものでもある。
楽典用語辞典とかには“歌いはじめ”とかなんとかよく書いてあるが、単にタテやアタマを揃える、というような簡単なニュアンスではもちろんない。タイミングを合わせる、というのが近いといえば近いかもしれないけどやっぱり違う。
ハーモニーが合う、タイム感が合う、グルーヴする、Soloの楽しさ…、そらもうアンサンブルに限らず音楽の面白味は諸々あれど、このアインザッツというのはよい意味での曲者なんである。人生と楽器をしょって、この数小節の中で色んなもんに挑みつつ、我々はホンジツも“アインザッツ様”に立ち向かってゆくのであった。

| | Comments (0)

Saturday, March 06, 2010

33のおひなまつり~in 由苑~

“あの”伝説のユニット、『33』が復活。やっほう。
実際の復活ライブはこの1月に執り行われていたのだけど、無念ながら行けず。私にとっての復活ライブはこのおひなまつりライブだったのだーっ!!!
と、いうことでこのめでたい催しに万難を排して駆けつけるという計画は、数日前からの緻密なスケジュール調整の果てに成り立ち、更にはこのライブを是非盛り上げてご一緒したい友人たちを誘ったら全員OK。“いくぞ”とチャンキー夫妻に予告し、当日は最前列に席を確保。万全・完璧な体制である。
かくしてライブは始まった。この日のために用意してきたとの特別歌を含む豪華メニューをひっさげ、ラジオトーク、MC、ダンス(33ライブ独特の皆様ご一緒のフリがあるのです)ひっくるめて、最高にご機嫌のよい空間とあいなった。集まっているお客様筋も大層よく、いわゆるオカノ氏言うところの“センスGoodな大人”ばかりである。まったく、この素晴らしい空間を解説できる言葉はない。
チャンキー氏は相変わらずの豊かなるテンション、オカノ氏も相変わらずの男前ボイスでお客様を魅了。果たして、おひなまつりチラシも桶単位で登場して、名実ともに美味しくゴーカなる“33・おひなまつりライブ”であった。
帰りには、もちろん新譜を購入。購入者には、チャンキー画伯による似顔絵とらいよんちゃんの生がおーんというゴージャスな特典付だ。
なんというかつながりのあるアーティスト同士はお客様もつながってるという状況があり、会場ではこんなHINOでも声をよくかけていただいたのがありがたく。“またライブ行きますね~”とおっしゃって下さる方の多いこと多いこと。ヨメハンズのキュートなグッズにも心を残しながら、そこに集った“大人”たちは方々にまた散ってゆくのでした。

| | Comments (0)

Friday, February 26, 2010

HINO Solo in テハンノ~十三一時保育の夜~

ライブを振り返るシリーズ。次々いきましょう。
時は昨年(2009年)の秋、10/11。場所はテハンノ。いつも行くFandangoへの道を今回は左に行く。有名どころながら、出演は何と今回お初である。しかも今回はHINO Soloでの参戦。やるぞぉ。

この企画は、ライブ大好きなのにちいちゃい子供をお持ちのママ殿達へのささやかなる贈り物である。今回は大昔からのつきあいのある横ちゃん(バンドも色々一緒にやってた)のシキリで、結構な多ジャンルからのミュージシャンが集結した。立ち上がったばっかりぐらいのあかんぼが呻こうが笑おうがマイクを奪おうが走りまわろうが、何が起ころうともこの根性あるミュージシャン達は自分のステージをつとめるのだ。
えらいもんで、興味あるものには色んな反応を示し、彼らはじっと聴き入る。大きい音、コ難しい音楽、楽しいニコニコ歌、ジャンルは関係ない。文字通り感情の赴くままに彼らは体を動かし、表情豊かに聴き(?)入ってくれたのである。
私のやるような音楽(?)でも、全く動じず。すごい。琴線を揺れ動かされた、…のかどうかは分からないけれど、音楽と音色の波やゆらぎを感じ取るままに聴き進めてくれる。子供の楽しそうな姿を見守りつつ、親御氏達もリラックスしてくれたようです。こちらも、子供の反応を見ながら音楽できる状況なんて、ひたすら楽しい。これといって気がそがれるわけではないし、いつもと同じテンションである。こちらは、なりふりかまわず音楽をするだけだ。子供はそれをそのまままるごと受け取ってくれる。

| | Comments (0)

Sunday, February 07, 2010

Sound on Film vol.15 ~最後の人~渡邊崇プロデュース作品参加の巻

記号素敵な空間でした。お陰様でチケットはSOLDOUT。立ち見席を急遽増やしての大盛況公演となりました。

このたび、無声映画に弁士と音楽をからませ、空間ごとご提供するというゴージャス企画『Sound on Film』に参加してきた。今回のフィルムは『最後の人(原題:DER LATZTE MANN)』。F・W・ムルナウ監督の1924年ドイツ作品。過去、サイレントムービーにハマった(勿論リリアン・ギッシュ好き)当初に、奇遇にも私はこの映画を観ている。それが今、こんな形で再会しようとは当時想像すらしていなかった。こういう世界にいると、たまにこんな出会いがあるのが、何より素敵だ。

サイレントムービーは現代に生きる我々が目にしても、それだけで十分に豊かな世界を持つ独立した芸術ではあるけれど、音や台詞である方向性を示すことによって、更にまた別の感触を味わうことができます。大スクリーンに映し出される、当時の名俳優達の魅力的な表情がこちらの想像力・表現欲をも更にかきたてる。
個人的にも、この『映像と音、言葉と音、人の動きと音、あるいはシーンと音』に関する挑戦をし続けてきただけに、今回の企画は大変興味深い参戦となった。
全く別の“サイレントムービーである”という目的に沿って作られた世界に、音楽や台詞が加わることによってそこに確実に生まれる何か。導き師、添える音楽だけで終わらない何か。ひとえに、そこに生きているものが感触や感情を動かしているという空間の妙と素晴らしさ。それを感じ取ることを“面白がる”という喜びを知っている方々ならきっと、この素晴らしい空間を是非いつか味わっていただければと思う。

実際、演奏している方はかなり純粋に愉しいのだけど、ご覧下さっているお客様からは全ての“現場”があからさまになっていて、これもまたこの企画のミソだろう。
弁士の“3次元での”存在はもちろん、指揮を取るプロデューサーから、画面を見つつきっかけと格闘するミュージシャンまで、現場の組み立て状況がその空間にない交ぜになって存在している。これが単なる映画音楽で終わらない効果であることは確かだ。しかも雲州堂という、全くこの企画にぴったりなハコで繰り広げられる異空間は、果てしなくその挑戦の土台となり、我々にとっても魅力的な体験でもあった。
さて次回、どんな形で皆様の前にこの企画が現れることやら、是非の現場をおすすめします。

| | Comments (0)

Wednesday, January 20, 2010

Sound on Film Vol.15 ゲネ

1月24日に実施の『Sound on Film Vol.15』のゲネ。
うわー。楽しい。
長年、私も同じような課題に取り組んできたので、今回はその規模拡張ゴージャスバージョンの感触。嬉しいなあ。
無声映画、というメディアは現代に生きる私たち表現者にとってはまだまだ魅力的な媒体である。無声映画は無声のまま楽しむのも王道の一興。その映画の力と胸を借りて、更に色香をつけた世界を作らせてもらおう、というのが今回の趣旨。弁士が導き、音がついた無声映画という世界観は、良く知られたSilent Movieの感触とは明らかに別の領域を持つエンタテナーだ。色付けは、そのときのコンセプトによって様々。既に役者はスクリーンの中にいるので、色付け役は主に語りべ。オケブースサイド的な我々の役割と共に、今回は弁士・野島直人氏がオモテに立つ。劇団四季デビューがいきなり主役であったという脅威のヒトだ。ミュージシャン陣は、チーム渡邊(?)・クスミヒデオ氏、久保田裕美女史、古元美千子女史。そして我等がZZSQ。

さて、プロデューサー渡邊氏筆頭に、ミュージシャン陣を含めた全パフォーマーが某所スタジオに入る。
スコアと頭を突き合わせつつ、まずはざっと音リハ。続いて弁士登場にてゲネプロ。渡邊氏のカンペキな準備資料のおかげでみんなばっちり予習してきているため、実際は確認作業の繰り返しである。こうなるとひたすら楽しい。もう楽しい。
やることは山積みだけど、こういうモノ作りの現場は得てして1+1が2以上になる(※ならなければならない)。このへんが表現者冥利につきますね。果たして、みっちり確保してあった稽古時間はかくも能率的に機嫌よく進み、あとは本番当日を残すのみ。素晴らしいものをご披露できそうです。
はっきり申しあげておきましょう。月並みではありますが皆さま、この現場、すごいことになっております。是非の目撃をお勧めします。
この作品に参加できて幸せなる身の上に感謝の樋野でありました。
では皆様、現場で!

| | Comments (0)

Tuesday, January 19, 2010

新年ごあいさつ

遅ればせながら、大寒に新年のごあいさつ。

みなさま、本年も宜しくお願いいたします。

今年も新旧の大事なる出会いを大切に、精進の日々につとめたいと思います。
どうぞ今後ともよろしく、厳しく、暖かく、ご支援くださいまし。

                   >> 2010 大寒 TENKO HINO

抱負:今年は初心を思い出し、細々たるブログ更新をもちっとマメに。

| | Comments (0)

Thursday, December 31, 2009

なにはともあれ2009

書きたいブログネタも日々かさみながら、31日を迎えてしまった。

なにはともあれ2009年。
様々な目に会い人に会い、様々に考え、想いも残り、断ち切り、繋ぎ。
同じ単位で刻まれる時間を次の年はどのように過ごそうか。

まずは今年の様々な景色に感謝。
来る年が素晴らしき日々となりますように。
皆様に、そして私にも。

                >>2009大晦日 TENKO HINO

| | Comments (0)

Friday, November 20, 2009

六人の侍天下御免~Tubamanshow & ZZSQ

10/5 思考する古本屋・かのワイルドバンチさんにて「六人の侍 天下御免」と題し、今回はTubamanshowさんとZZSQでのコラボ企画を実施。まるで興味深い本たちに囲まれた素晴らしいこの環境で、嬉しくもライブをさせていただけるとは。先人達も、数々の伝説ライブをここで行ってきているという場所だ。

そして、ナゾの存在とは言われながらも、Tuba吹きの吉野・某さんと、Euphoniumu吹きの照喜名・某さんとそれぞれ大変密接な関係にあると謳われる、Tubamanshowとの演奏は勿論大変楽しく、1回の企画ではとうてい終わりきらない程続編にも期待のかかるステージとなった。

管・計6本。管吹き6人の侍(※念のため言うと私は女子だがそんなことは関係ないらしい)が集まって立てた今回の企画である。Tuba、Euph、SaxのBari、Ten、Alt、Sopがうまいバランスをかもし、管のアンサンブルの楽しさもバッチリ聴いて頂けたのではないかと思う。まあ、実際同バンド(例:Live!Laugh!)に所属していた同士なんかもいたりして、実は同窓会的な楽しさもあったりもした。演奏している方も、間違いなく、よどみなく楽しんだ日であった。
LIVEは4管(ZZSQ)、2管(Tubamanshow)、6管(All cast)の順。例によって我々ZZSQの賑やかで多彩なる音楽をご提供(自分で言う)した後、実に美しくテクニカルでしかもおもろいTubamanshowのステージが繰り広げられた。これを敢えて私はビジュアルユニットとさえ呼びたい思いにさえかられる。重ねて申し上げるが、この“プロレス様の覆面を被ったままの演奏”はこの方々の輝かしい経歴と経験の上にこそ成り立つものであり、そこらへんの方々が簡単に真似などしてはならない。この注意書きこそ音楽のシーンにこそ似つかわしくもない、と感じられた貴方は是非このTubamanshowの現実と素晴らしい音楽の実際を現場で目撃してほしい。
シメの6管は実に楽しいアンサンブルとなった。6管とは思えない迫力(お客様・談)。音楽は勿論、何よりこの6人が楽しんで演奏している様をご覧いただけたことが本日の一番のご提供品でなかっただろうか。

P.S. この日の画像、アップされてます → http://bcwildbunch.com/topics/video.html#1

| | Comments (0)

Friday, November 13, 2009

味加味企画LIVE in神戸Grass House

続々・今年の夏を振り返るシリーズ。
ご縁あって三宮・味加味さんでライブをさせていただくようになって早数回。
この8月は布引ハーブガーデンの素敵なるグラスハウス(前)でLIVE。ウッドデッキというか、木の展望台から眺める湾の眺めも素晴らしく。
普段、味加味にて並ぶ(どれを食べてもほんとに美味し過ぎて困るので、方針を決めてメニューに目を通さないと後でエラいことになる)多々なる各ジャンルの本格メニューがこんな野外でいただけるとは。
今回はZZSQも呼んでいただき、各ミュージシャン陣もジャンル多々。日の高い時間から、夜の星が見える頃まで、お客様はもちろん、我々までもが十分にこの空間を堪能して、身も心もおなかいっぱいで帰路についた。
マスターはじめ、プロ集団・スタッフ陣の奮闘のおかげ。
こんなにもパーフェクトな楽しい1日が、私みたいなものの人生のうちにだって転がりこんでくるのだな。

| | Comments (0)

«鳥羽の天国・The Earth~大倉正之助さんとEL-ENDE