いやあ、維新派。ご無沙汰ぶりのアップが維新派ネタで恐縮ですが。
今回の大阪公演は、大阪城ふもとのウルトラマーケットであった。ロケーションもさることながら、今回の目玉はやっぱしショーゲキの内容、だなあ。内橋音楽も素晴らしかった、もちろん。
あまし書くとネタバレなことになるのだが、いいのだろうか。メディアに乗っかってる情報内ならよしとしまして、若干のご感想のようなご感想でないようなものをひとつ。
というか、FINNES軍団(※フィネガンズ・ウェイクという10年来私の夜中の巣だったBar。現在休業中。常連は松本ボスを筆頭にクセのある表現者的職業に尽いている人が多く、個々が強烈に自立しているくせに妙に結束が固い)に於きましては久々の再会な集結。久々の顔もあったりして、何より、松本ボスのアタマの中をそれも舞台で確認できるとあっちゃ来ねばなるまい。
今回の作品は、なんというか、言葉の誤解を恐れずに言えば、一皮自分で剥いた舞台が動いている感じであった。これまで、概念的・多者的群像的に動いてきた世界が、突然“個”に焦点を当てて、思いっきり当てて、こちらが若干とまどうぐらいに、個人的な感情やモノを対象としてそれは繰り広げられた。これまで、つたなくはあるが、色んな映画や舞台を観てきたけれど、私はあんなに美しく切ないラブシーンを多分見たことがない。
しかしいつも思うのだけど、役者陣のあの、音楽に対する理解度の深さには感心させられる。絶対的強力重度の仕込みにしか成し得ない、重ね繰り返される群像と音楽の進路。その中で台詞まで入り、音楽がそこにあるからこそ止まれない世界における、いや、流れていなくてはならない世界を描くべき舞台の完成形とでも言うしかないのだろうか。振り向くきっかけ、踏み出すタイミング、表情を作るきっかけ、ほぼあの妙絶でずっと聴いていたくなるあの内橋音楽の流れる中で、“個”たる人を音楽のように止まらず、前に進みながら、流れるように彼らは見事に語った。
“個”をあれほど明確に指し示した表現に、多少なりともショック(※もちろん良い意味でですが)を受けたFINNES軍団は、芝居後の打ち上げ会場にて、役者と共にお酒をいただく。
さ、この後は名古屋公演、京都公演と続く。
初めての方も初めてではない方も、どうぞこの凄き素晴らしき維新派の世界へ、一度。