時と花はうつろうなあ。
桜は3日のうちに観よと昔のヒトが曰った通り、あっという間に葉桜が散ったと思ったら、いつのまにか横に藤や薔薇が咲き散らす。その藤も愛でれる期間は夢のように短い。それだけに、というか湖のほとりにあった藤棚、小学校の中庭に咲き誇っていた藤、夕日に透けて金色の鈴のように咲いていた藤の花。今、どこの花棚が残っているかさだかではないけれど、驚くほど見事に脳裏に再現される様は自分が死に際の走馬灯でも見ているかのようにいつも鮮やかである。ついでに、その藤棚にぶらさがって遊んでいるヨリちゃんとかもその記憶には健在だ。彼女と仲がよかったのか、悪かったのかってとこまでは思い出せない。
そうかと思えばマグノリアの香り。ああこの甘美なる風もまた、ああっという間にどこかへ行ってしまう。
しかし。女心が秋の空だとか花のようにウツロイやすい、とは全く誰が言ったんだろうか。人をなんつーか七変化動物のように、全く失礼なことざんす。

Comments
樹木の守る「こんにちは」と「じゃあね」の約束のおかげで、我々は時間と季節の移ろいを感じ取ることができます。
その都度、人は何と贅沢な環境に生かされているものかと思い知ります。
>イギリス発祥で変わりやすいのは男心
そうだったのですね。けどなんか納得。
男はあっちこっちに気を置きに行くから、女から“移ろい”と表現され、
女は出戻って来た男に未練を残さないから、負け惜しんだ男から“移ろい”と言われます。
ううむ、偏った思想でしょうか。(笑)
Posted by: HINO@SAX | Thursday, May 29, 2008 at 10:44 AM
2~3ヶ月毎に1年ぶりの「こんにちは」と「じゃあね」があるのは贅沢というか、忙しいというか。楽器や声帯から出た音と同じく、はかなく消えながらも深い響きや「ついこないだ」とは違う彩りを与えてくれるものだなぁと思います。
>女心と秋の空
たしか、元々はイギリス発祥で変わりやすいのは男心だったのが、日本では「男心→女心」になったそうですね。まぁ、映画などのフィクションで「男心と秋の空だよな・・・」という台詞が出ても、ムサいだけですしねぇ。(笑)
Posted by: マンダムa.k.a | Wednesday, May 28, 2008 at 10:38 PM